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10月1日公開、ミュージックビデオ「君にありがとう」ダイジェスト



10月1日に公開のミュージックビデオ「君にありがとう」制作にあたって

2011年3月11日。東日本大震災で私の故郷、気仙沼も大きな被害を受けました。

震災があったあの日、東京の自宅にいた私は「気仙沼は火の海」という報道をテレビ越しに知り、
すぐさま町の人達に何度も電話したが誰一人繋がらず、新しい情報を探しながら返事が返ってくる事を待つしかなかった。
そんな日が1週間続いて、ようやく1通のメールが返ってきた。

「無事です」

という短文のメール。返信をくれたのは高校時代の後輩であり、あの日も当番だった気仙沼の消防士。
すぐ電話をかけたが繋がらずその後も情報を探した。
翌日から少しずつ気仙沼と連絡が取れるようになり、
そのタイミングで仲間達と都内で掻き集めた物資と食料を詰めるだけ詰んで炊き出しに行った。

ようやく帰って来れた自分の故郷の変わり果てた惨状に、なに一つ言葉が出なかった。
テレビ越しに見ていたあの惨状の中にいた人達を目の前にして、
発っせる言葉などなに一つ浮かばなかった。
ただただ頭が真っ白になって、その後しばらく物資と食料を1つでも多く届ける事だけ考えた。
炊き出しに行く度に、瓦礫が撤去されはじめ、町、人、空気、、すべての温度が少しづつ変化していった。
真っ白だった自分の頭の中にも少しだけ温かいものが入り込んできた。


それは


「ありがとう」


という言葉だった。


震災前、そこにはいつ帰っても変わらぬ故郷があった。でも、一瞬にして全てを変えてしまった。
その中で、周りのみんなの助け合いを見たり、自分自身も沢山の方々に助けて頂いた。
普段、毎日当たり前に泣いたり、笑ったり、悩んだり、楽しんだりしながら生きられることの有り難さ。
身の周りの大事な人や物や時間、、日常の中で決して相手に対して忘れてはいけない大切な言葉。
それを改めて気付かせてくれたのは、故郷気仙沼だった。

あれから2年6ヶ月経ち、気仙沼だけでなく未だに復興の目処が立たない地域が沢山あります。
時が経つにつれ、問題もその都度変化していますが、自分にも出来る事を日々探しながら支援していこうと思います。
そしていつか「被災地」としてではなく「港町気仙沼」として一人でも多くの方に訪れて頂けるような港町になればと心から願っています。


2013年 9月

吉田 親人
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